2024.6.24 投稿
①1992年F1序盤のマクラーレン・ホンダについて
1992年のマクラーレン・ホンダは開幕から苦戦を強いられていた。5戦を終えたなかではウィリアム・ルノーの5連勝を許していた。セナは1991年には16戦中完走15回、入賞は14回となり、8回の優勝を成し遂げていた。1964年にはエンジンサプライヤーとして参戦したホンダは第2期として1983年にF1へと復帰を果たし、ルノーに続きターボエンジンを投入する。1987年にはロータス99Tに搭乗していたアイルトン・セナと出会うこととなる。だがロータスが供給していた99Tのアクティブサスペンションは開発途上であり、ホンダエンジンの性能を引き出せずにいた。この年はもうひとつの供給先であるウィリアムズ・ホンダに席巻された年となった。
ロータスと3年間を過ごしたセナは1988年にはマクラーレンに移籍し、ホンダもマクラーレンへのエンジン供給へと切り替えた。この年のホンダ・RA168EはV6ツインターボエンジン。年々厳しくなるレギュレーションに対応してきたこのエンジンはマクラーレンのMP4/4との相性が優れており、マクラーレン・ホンダの圧勝となった年となった。
いわば、ターボエンジンの頂点ともなった。しかし1989年のレギュレーションにてターボエンジンは禁止となる。自然吸気エンジンに再び取り組むこととなったホンダは10気筒から始めていくなか、1992年のマクラーレンMP4/7Aには最終的には12気筒のホンダ・RA122E/Bを供給する。しかし開幕したなかでもシャーシに関してはMP4/6B、MP4/7Aとなかなか定まり切れないなかでは、MP4/6が使用される場合には前年のRA121Eが搭載されており、MP4/7A用に開発されたRA122E/Bは序盤で活躍することはなかった。
1992年のマクラーレン・ホンダはいわば、試行錯誤の連続の年だった。その状態に対してウィリアムズが開発したFW14Bは前年のFW14をベースにアクティブサスペンションを搭載して1992年に向けて改修を加えたマシン。他にもセミAT、TSCを搭載したハイテクマシンだ。エンジンのルノーRS4を載せたFW14Bは1992年のF1の序盤で完全勝利を遂げていたのだ。走行中の路面の凹凸に対してはアクティブサスペンションがマシンの走行を安定化し、セミATにて最適なシフトアップ、ダウン操作を実現。
アイルトン・セナがタイヤのグリップに対してアクセルの開閉を細かく行っていた「セナ足」が有名で、彼は横方向へのグリップ限界を検知していたと言われている。そこまでの性能はないにしろ、タイヤの縦方向へのグリップ限界はTCS、トラクションコントロールシステムが補っていた。このようなハイテクマシンに対しては自然吸気12気筒エンジンという当時で考えうる最大トルクを誇るエンジンを載せたマシンであっても太刀打ちできない状態だったのだ。
②1992年モナコグランプリにおけるマクラーレン・ホンダについて
絶対的な性能を発揮しているウィリアムズ・FW14Bに対して、マクラーレン・ホンダはこの年の第6戦であるモナコグランプリにはMP4/7A & RA122E/Bとマシンを仕上げてきた。しかしモナコグランプリは市街地コース。スピードのアップダウンはもとより多くのコーナーが存在するこのサーキットはマシンに対して非常に過酷であり、それ故にドライバーの高い技量と集中力を要する難コースと言える。それが故にハイテクマシンにとっては有利となった。
予選では1位ナイジェル・マンセル、2位リカルド・バトレーゼとウィリアムズが独占し、アイルトン・セナは3位だった。(4位はフェラーリのジャン・アレジ、5位はマクラーレン・ホンダのゲルハルト・ベルガー) この時のPPであるマンセルのラップタイムは1:09.495、セナは1.1秒遅い1:20.608、F1に参戦し最終的に65回のポール・ポジションを獲得したセナですら1.1秒の差を付けられたのだ。
さて決勝がスタートするとセナはスタート直後の1コーナー(サン・デボーテ:Sainte Dévote)でバトレーゼのインをついて2位に浮上する。そして1位のマンセルに肉薄する勢いで走行していたセナのマシンだったが、その後は徐々に引き離されていく。またバトレーゼはオーバーステアに苦しんでいて先頭の2台を抜き返すどころではなく、シューマッハを抑えるので精一杯だった。
トップを独走するマンセル、2位のセナとは28秒もの差をつけていた。
セナはこの年までモナコでは3連勝、通算4勝を飾っており、日本を中心にモナコ・マイスターの通称を得ていた。このレースの中継をしていたフジテレビの三宅アナウンサーはやや寂し気にこの連勝が途切れてしまうことを伝えていた。
③そして、伝説のレースの実況中継
そしてそれを追うこのアイルトン・セナ。アイルトン・セナもこのマンセルが、うん、どう、どこで止まってくれるのかということをもう考えて、そして自分がどこでストップをかけるのか? このモナコがセナにとってみれば、そのストップをかける一つの、その味方になるコースだったんじゃないかと思うんですが…
今宮 純
まぁ、でもモナコで初めてのウィリアムズ・ルノー、マンセルの後ろ姿にくっついて走ったという感じですからね…
まぁ、そうですよね。
ようやく後ろ姿が少し見て取れた。それだけがこのモナコの置き土産なんでしょうか?
このアイルトン・セナ、それでは何かあまりにも悲しすぎると思うんですが。
しかしアイルトン・セナとナイジェル・マンセルの差は28秒という、あまりにも大きな差が開いています。アイルトン・セナ、依然として二番手です。ナイジェル・マンセルが逃げます。すでに71周に入っています。71周目に入っています。
そしてリカルド・バトレーゼは依然としてこのシューマッハを抑えています。
フジテレビの中継はシューマッハのベネトン・フォードの前を走る、リカルド・パトレーゼのウィリアムズが映し出されていた。
本当にそのウィリアムズ・ルノーの安定性は抜群なものがあります。
南アフリカではあの高地でも大丈夫でした。メキシコのあのパンピーなサーキットもアクティブ・サスは耐えました。そしてブラジルでも、そしてスペインでのあのウェット・コースにも耐えました。サン・マリノの高暑も耐えました。あの暑さの中でも耐え抜きました。そして初めてのストリート・サーキット、モナコでも完全なアドバンテージをウィリアムズ・ルノーは保っています。
画面はロウズ・ヘアピン(今のグランド・ホテル・ヘアピン)に差しかかるアイルトン・セナのマクラーレン・ホンダMP4/7Bを映し出していた。
三宅さん、そのウィリアムズなんですが、ピットのほうが騒がしいですね。タイヤを用意しています。
ウィリアムズがですか?
えぇ。
ああ、そうですか!
はい。
画面はウィリアムズ・ルノーのヒットが映る。
はい、あぁ~、御覧のように、何が起こっているのでしょうか? もうタイヤ・ウォーマーも外していますね。
そうですね。
あぁ~と、これはどちらだ?
津川哲夫
マンセルだ!
マンセルだ。ナイジェル・マンセルがピットイン、ナイジェル・マンセルがピットインです。
何が起こったのか、ナイジェル・マンセル、タイヤ交換だけか? ナイジェル・マンセル、なんとピットイン。さぁ、その差は28秒でした。セナとの差は28秒でした。セナとの差の28秒差はこのピットイン、アウトで、ピットアウトで、どこまでセナは差を縮めてくるのでしょうか? ナイジェル・マンセルが…
今宮 純
今、セナがストレートを通過したんですけどね…
そうですか。画面は捉えておりません。画面は捉えておりません。インターの画面は捉えておりません。
今宮 純
いや、抜いています。
あぁ~抜いています。前に出ました。アイルトン・セナがついにナイジェル・マンセルの前に出たー! ナイジェル・マンセルがついに二番手に下がった。何が起こったんでしょうか、マンセル。何がタイヤに起こったのか? ナイジェル・マンセルがここに来て72周目でタイヤ交換。充てるトン・セナがついに先頭に立ちました。いや~、今宮さん、こんなことがあるんですね。
セナのマクラーレン・ホンダMP4/7Bがロウズ・ヘアピンからポルティエ:Portier、トンネル:Le Tunnelに差しかかろうとする時に画面はピットのロン・デニスに切り替わる。
今宮 純
ロン・デニス。
ロン・デニスの表情、何を思うか? 今、目の前でね。
今宮 純
来たぞ、チャンスが!
えぇ。
今宮 純
来たぞ、チャンスが!
ナイジェル・マンセルがなんとピット・イン。ナイジェル・マンセルがピット・イン。タイヤ交換をして出ていきました。アドバンテージは28秒ありましたが、それをかわして1.8秒
今度はこのアイルトン・セナが戦闘に躍り出ています。
今宮 純
まぁ、微かですけどね。
セナはヌーベル・シケイン :Nouvelle Chicaneを抜けていく。
はい、さぁー後はセナがこれを、このアドバンテージをあと7周、あと7周耐えきれるかどうか。さぁー、アイルトン・セナ。その後ろからはナイジェル・マンセル。このモナコグランプリ、最後の最後で思わぬドラマが待っていました。
セナがタバコ:Tabac、プール:Piscine、ラスカス:La Rascasseを走り抜けると、画面はウィリアムズ・ルノーのビットにいるフランク・ウィリアムズに切り換わる。
今宮 純
条件とすればセナはオープニングは何度も言いましたが苦しいんですけども、今はマシンも非常に軽い状況になってきていますから、もう残り僅かですからね。そういう意味ではセナにとってもですね、十分にやりあえる可能性というのがそこにあると思いますね。
おそらくマクラーレンはこのままタイヤ交換無しで行くでしょう。さぁーナイジェル・マンセルはこのセナを抜く以外ありません。このコースのなかでアイルトン・セナを抜くしかありませんが、
セナがエルミタージュ(エルミタージュはホテルの名前、ボー・リバージュ:Beau Rivageとも呼ばれている)の坂を登っていき、数秒後にマンセルのウィリアムズFW14Bが追いかける。
さぁー、この差だ! この差があります。
三宅さん!
はい!
ウィリアムズのエンジニアリングと今、話したんですけども、ホイールに問題があるというだけで、それ以外分からない。リアタイヤですね。
何が起こったのか、分からないんですか?
今のところ、分からないんですが、えー、左リアですか…
はい、左リアに何か問題を抱えた…
あっ、左リア! アップライトが当たって削れてます、中が。
削れてる? じゃあ、どこかで接触があったんですか?
いや、違います、違います、だからですね….
アップライトが削れてる…
アップライトとですね、ホイールが接触していたのか、その辺で何かをかんでいたかですね。見えますか?
えーとですね、こちらに映像がまだ届いていないんですよ。
ここでウィリアムズのピットクルーが取り外した左リアのタイヤを確認する場面が映し出される。
あーっ、えーと…
今宮 純
うん。
津川哲夫
河合君が言ったのはおそらくですね、ブレーキキャリバーとホイール…
そうです、そうです。
津川哲夫
ホイールとの間にタイヤ粕などその他が入ってホイールの内側を削った…
ホイールの内側を削ってしまった。
津川哲夫
考えられますね。
なるほど、これは考えられないアクシデントでした。
ウィリアムズのピットにマンセルがマシンを停車した際に、3つのホイールのみがしっかり機能する位置に停車してしまった。コンマ何秒の作業スピードを強いられる状況のなかでこれは致命傷となった。ただ、速度を落として走行していたなかではあるが、時速300kmを超える性能を持つF1マシンを正確な位置に停車すること自体も難しい操作と言える。このトラブルによってタイヤ交換に手間取ることとなる。また右リアタイヤの交換に手間取ったのも誤算だった。
この後の河合レポーターの発言で左リアタイヤにはパンクチャーの症状は出ていなかったとあるが、実際にはレース前にタイヤを装着する際に、それまでタイヤを温めていたタイヤウォーマーのストラップの一部がナットとハブの間に噛んだ状態で取り付けていたことが分かった。レースがスタートするなかでこれは問題にはならなかったのだが、71周、距離にしておよそ236kmを走行した中でナットが緩んでいく原因となった。
セナがホームストレートを通過していくなか、マンセルは5秒ほど遅れてコースに復帰することとなる。
津川哲夫
しかし、今、マンセルの前には、セナとマンセルの間に遅い車が一台も入っていないようですね。
そうですね、先ほど一台かわして、もう…
津川哲夫
かわしましたね。
これでもう目の前は、マンセルの目の前はセナだけですね。
津川哲夫
はい。
はい、さぁーっ、マンセルとセナの差は現在、先ほどのラップでは5.1秒ですが、さぁこのラップでどのくらい変わっているか? さぁー74周目に入りました。
今宮 純
あぁー、マンセル、22秒。
あぁー、ついに1分22秒974。ファーステットラップ。マンセル、ファーステットラップ。
さぁー、怒ったマンセル、アイルトン・セナをここから追い上げていくか?
前人未踏の開幕6連勝が今、目の前からすぅーと遠ざかっていった!
ついに、ついに連勝が止まるのか? マクラーレン・ホンダがここで、やはりモナコで、アイルトン・セナはやはりモナコ、運命の女神はこのモナコでやはりセナに微笑みかけるのか?
3連勝しているアイルトン・セナが4連勝目前、4連勝目前。しかし後ろからとんでもない速度でナイジェル・マンセルが飛んできています。
1分22秒974。
津川哲夫
マンセルはフレッシュ・タイヤですからね。
フレッシュ・タイヤですからね。セナとの、えー、ラップ差が0.8秒、0.8秒。あと5周あればどうでしょう? ギリギリというところ。非常に難しい、これは最後の戦いになりそうだ。
今宮 純
ただ、抜けないですからね。
ここでもう一度、モナコのコースを紹介すると、高速コーナーでは先に入った車はコーナーを抜けてから加速をかけるため、後続車両には不利。最適なコース取りを外して抜きに行くと連続コーナーなどでは次のコーナーで不利なコースで入車することもある。ロウズ・ヘアピンなどではコース幅が狭いため、右から抜こうとすると右側のウォールに接近する。それを回避するために速度を落とすと逆に抜き返されることとなる。アイルトン・セナがレース開始早々の第一コーナー:サン・デボーテでリカルド・パトレーゼのインを突いたのはパトレーゼが最適なコース取りをするなかでブレーキの踏み込みを抑えてインに飛び込み、更にブレーキ調整とハンドリングで第1コーナーを回り切るようにマシンをコントロールしたもの。ある意味、定石から外れた操作をしたうえでそこから最適な操作によって回復する。コーナーで他の車両をパッシングするセナの姿はそれまでも多く見られた。翌年の1993年、イギリスのドニントン・グランプリの決勝は雨に見舞われたが、4番グリッドからスタートしたセナは1周目に3台を抜き去ってトップに躍り出て、そのまま優勝を飾っている。ウェットなコースではブレーキの踏み方が難しい。スピンの危険性がある。だからこそコース取りが重要だ。しかしセナは最適なコース取りを外したうえでウェット・コースにて他の車両を抜き去った。
さて、このまま実況に戻る前に、今、話したことからこのモナコを見直すと、セナは逆にコーナーからストレートを挟み、次のコーナーに入る際に最大の最適コースを走行するなかで後続のマンセルに隙を見せなかった。セナの走行についてマンセルはフェアだったと言ったが、のちには「目の前に遅いバスがいた」とも言っている。これはリップサービスでの発言であるが、フレッシュ・タイヤを装着したウィリアムズFW14Bにとっては摩耗が酷くグリップを失ったマクラーレン・ホンダMP4/7Bは「遅いバス」だったのだろう。そう、摩耗が酷くグリップを失ったタイヤを使いながらセナは最適なコーナーリングを続けていたのだ。
前年の1991年、ブラジルグランプリでセナは初優勝をするが、残り6周前後の時点で6速ギア以外を失っていた。この話は最初はセナが大げさに言ったかと思われた。ネルソン・ピケは「そんなことはありえない」とも語っていた。だが、後にオンボード・カメラの映像が公開されると本当にセナが一切、ギア・チェンジしていないことが分かった。右手でのギア・チェンジをしていない映像だけではなくエンジン音を聞くと分かる。ギア・チェンジをすると一瞬、エンジン音が変わる。ところが、この時のセナのマシンのオンボード・カメラで伝えられたエンジン音は、コーナーに向かう際には自然と下がっていき、コーナーを抜けた際も階段状ではなく、途中でシフト・チェンジで途切れることもなく上がっていく。これをエンストもさせず、かつこの状態での最適なコース取りをしたうえで、走り切った。そのことからもセナのコース取りというのはマシンのあらゆる状態に応じて最適解を出すという奇跡を起こしているのだ。
少し長くなったが、また実況に戻ろう。
そうですね、抜きどころが無いですからね。
今宮 純
抜きどころが無いですからね。
津川哲夫
セナは抜かせませんよ、あと数ラップですからね。
はい。
今宮 純
これね、いくらマンセルのほうがパフォーマンスがあってもですね、これ抜く、抜くポイントが無いわけですからね、抑え込むというね、もの凄いファイナル・ラップになるかもしれませんよね。
そうですね! さぁー、ナイジェル・マンセル、27勝も、開幕6連勝も、ルノーのモナコグランプリ初勝利も全て無くなってしまうのでしようか?
ここでセナがホームストレートを走行するすぐ後に忍び寄ったマンセルのFW14Bが映し出される。
今宮 純
ただ、すぐに付いちゃうと思いますけどね、この勢いだと。
さぁー、この勢いです。この速さです。なんと1分21秒598。
最初に述べたマクラーレン・ホンダとウィリアムズ・ルノーの状況は視聴者の頭の中にはあった。一矢報いようとするセナ、ハイテクマシンを操るマンセル。このモナコグランプリが奇跡なのはセナという主役の存在だけではなく両チームに関わる一人一人が行ってきたこと全てが舞台を作っているからだ。そのひとつひとつがその場面に結集したという奇跡の上に現れた奇跡といえる。
三宅さん。
なんというタイムか?! はい?
三宅さん、先ほどホイール、確かに削れているんですけど、アップライトとの間に何かを噛んで。ただ、パンク…圧は抜けていないんですよね。
圧は抜けていないんですね。
パンクしていないですね。
あー。
ですからドライバー判断、エンジニア判断、ちょっと難しいところですね。
そうなんですね、しかしこの時点で、えー、ピットインすればこうなってしまうことはおそらく計算には入っていたでしょうが、あるいは28秒のアドバンテージがあればもう一度、前に戻れるという計算がマンセルにはあったのでしょうか? その辺は難しいところであります。
さぁー、しかし1分21秒598!
信じられないタイムをマンセルが叩き出しています。
予選のラップも1分19秒台というのに、この時期に1分21秒598!
さぁー、ナイジェル・マンセルがまたアイルトン・セナの後ろに忍び寄ってきた。
ナイジェル・マンセルが来た。ナイジェル・マンセルが来た。
これまで目の前を走ったマシンはありません。アイルトン・セナが初めてこのナイジェル・マンセルの前に踊り出ています。
さぁー、ウィリアムズ・ルノーの前に初めてマクラーレン・ホンダが走っている。
マクラーレン・ホンダ、なんとしてもここを抑えなければいけない。
さぁー、マンセルが後ろについた。
今宮 純
あー、入った。
このシーンではセナが、ラスカスからアントニー・ノーズを抜けてホームストレートを走行するすぐ後ろを舞セネガ走行しているというもの。ラスカスはもうひとつのヘアピンと呼ばれていて、かなり減速するコーナー。故にセナとマンセルとの距離が一気に縮まる。この後で三宅アナウンサーの「歴史的な名言」が飛び出るコーナー。ハイテクマシンのFW14Bだったが、ラスカスからの立ち上がりに関しては単純にホンダのRA122E/BとルノーRS4の勝負となる。「12気筒エンジンで優勝したのはセナだけだ。」と言われる。ターボからレギュレーション変更で自然吸気エンジンとなるなかで、レシプロエンジンにおけるピストンを12気筒具えることは単純に言えばパワーが得られやすくみえる。6気筒をV型に配置した内燃機機構だが、それ故に重くなって、全長も伸びる。グラム単位での軽量化を図るF1マシンにとっては致命傷にもなりかねない。12気筒はむしろ戦車のエンジンなどで最大の排気量を得る発想が強い。そのため、市販車では現行でも高級車などに配備されることが多く、F1でも2001年以降はV10エンジン搭載が義務化されたため、F1エンジンとしてのV12エンジンの技術開発は現在、行われていない。
そのような不利な面があるが、それにもましてホンダRA122E/Bは「774馬力の12気筒の至高のエンジン」と言われている。ルノーエンジンは2020年代においても他のエンジンに20~30馬力劣っていると言われる。さてエンジンの話をするとついつい長くなるが、差規模との話に戻るとラスカスからアントニー・ノーズを抜けるとそこはまさしくエンジン勝負。エルミタージュの坂を駆け上がっていくのにもこのエンジンの差が出る。このことがセナに勝利をもたらした一因ともいえる。ここからは私が話すよりもむしろ実況のほうがこの状況を雄弁に語っていると言えるだろう。
マンセルが入った! マンセルが入った!ストレート! ホームストレート! ホームストレートを抜けていく!
うーん、ここは抑え込む、ここは抑え込む。
今宮 純
いやぁー、ただ加速がいい。
さぁー、そしてエルミタージュ!
ここでマンセルのFW14Bが左側にマシンを振る。
今宮 純
ここで抜かれちゃうのか?
さぁー、行くのか、抑えるセナ。抑えるセナ。76周目、凄いバトルだ! 凄いバトルだ!
これはモナコグランプリ史上に残るバトルになるかもしれません。
今宮 純
50回記念ですね。
広場を回る直角カーブのカジノ・スクエア、その先のミラボーもかなりきついカーブ、そしてロウズ・ヘアピン、どうあっても二人の距離が近くなる。
素晴らしいレースになっている。メモリアルレース。この50回目のレースは凄いバトル。76周目。アイルトン・セナとナイジェル・マンセルの凄いバトルです。
さぁー、マンセルが行く! マンセルが行く! 1分21秒台という信じられないタイムを刻みながら、ナイジェル・マンセルがセナの後ろ。
ポルティエを抜けるまでは速度が落ちていて、二人の距離は接近する。
しかしセナは抑える。セナが抑えます。
その先ではモナコ最高速が出るトンネル:Le Tunnelが待ち構える。
さぁー、そしてここが問題だ、ここが問題だ。ここも抜きどころ。
シケインの手前で大丈夫か、セナ。
セナが一気にスピードを上げるがそこを抜けるとヌーベル・シケインのためにフルブレーキがマシンにかけられる。ここも数少ないオーバーテイクポイントのひとつとなる。
さぁー、しかし抑え込む。ここのスピードはホンダは早いぞ。ここの最高スピードはホンダが上回っています。マクラーレン・ホンダのほうが上。ルノーよりも上です。
ヌーベル・シケインを抜けてもその先には直角に左へと曲がるタバコ・コーナーがある。しかしその先のルイ・シロン:Louis Chiron、プール:Piscine(Swimming pool)は緩やかなコーナーであるため、タバコ・コーナーではかなりのスピードで飛び込むドライバーが多い。コンクリート・ウォールにも触れんばかりのコーナーリングが見られる。
さぁー、問題はこのあたり!
マンセルがマシンを左右に振って抜きどころを探る姿に今宮さんは思わず声が出る。
今宮 純
あー! もぅー!
三宅さん。
はい!
三宅さん、ホンダのほうもですね、ボタンを押せ、ということを言ってますね。
ボタンを押せ?
津川哲夫
オーバーテイクですね!
オーバーテイクボタンとは一定時間、エンジンのパワーが上昇し、前走車の追い抜きやラップタイムの向上を助けるもの。エンジンとしてはレッドゾーンいっぱいまで回転する。但し、低ギアで使用すると伝わる先で回転数を下げているギアに負担がかかり、その負担がエンジンにもかかる。それ故に6速全開で使用するが、これを解除するにはアクセルを緩める方法が一般的。マシンを痛めかねない。セナにとっては一瞬の加速を得られてもそれは自分のアクセル操作でコントロールするわけではないので扱いにくい。既に76周も走行していてマシンがどのような負傷を負っているか分からない。またグリップ力が激減しているタイヤではオーバースピードによって考えられないようなスピンが発生するかもしれない。
そもそも、ナットが緩んだ状態がどれほどのものか。それはモナコグランプリが市街地コースであることも外因となる。残念な話だが、1994年のサンマリノグランプリ、イタリアのイモラサーキットにてセナは命を落とす。以前にはゲルハルト・ベルガーが事故を起こしたタンブレロ・コーナー、ここは比較的に緩いコーナーでその先にも長めのストレートがあるためにタンブレロ・コーナーは高速コーナーと呼ばれており、5速から6速へとシフトして飛び込む。ゲルハルト・ベルガーの事故の時にもコーナーの外側にあるエスケープゾーンが狭すぎるという声が挙がっていた。だが、残念なことにその先にあるコンクリート・ウォールの外側には川が流れていて改修不可能と見送られてきたのだ。そしてそのコンクリート・ウォールが最終的にセナの命を奪う。ここでこれだけのことを説明するだけでもあの時にセナが突っ込んでいったシーンが脳裏によぎってしまう。
話を戻すが、モナコを走行していたマンセルが何らかの異変をマシンに感じたのなら、今回のようなタイヤ交換をすることは決して間違ったことではない。タバコ・コーナーでは左側にコンクリート・ウォールが迫り来る。エスケープ・ゾーンすらないのだ。このような高速コーナーでいきなりパンクチャーを起こしたら命を奪いかねない事故が発生する危険がある。
実況に戻ろう。
はい。
オーバーテイク、たぶん、使え、使えと言ってるんですね。
あー、もぅーあと、あと2周です。さぁー、しかし後ろに来ている。また来ている。マンセルが来ている。ラスカスです。これは外から行く。
ラスカスでマンセルは左へとマシンを振るが、最適なラインを走行するためには再びセナのマシンの後ろへとマシンを戻すしかなかった。
もうマンセルがどこからでも行ける!
今宮 純
どっからでも行けますよ。
どのコーナーでも、どのコーナーでも行ける!
さぁー、ストレート!ここが問題だ、ここが問題だ。
ホームストレートをセナが抑え込んだ。
さぁー、70、77周目に入ります。77周目、あと2周です。
さぁー、どうか、ナイジェル・マンセルが後ろ。エルミタージュ。
ここのパワーは、ここでのパワーはホンダが上か?
ルノーエンジンも追いかける。ルノーもモナコで勝ちたい!
今宮 純
あー、ブルーフラッグが出ましたよね。オフィシャルのほうからね。
そうですね、オフィシャルのほうから。しかしあと2周、セナは絶対に譲りません。
譲るわけがない。さぁー、ここから下り坂。またブルーフラッグが振られている。
完全にスピードでは、現在のスピード、フレッシュ・タイヤを履いたナイジェル・マンセルは完全にセナよりもスピードでは上。しかしモナコでは抜かせません。
アイルトン・セナ、目の前にある勝利のチャンスをセナがみすみす逃すはずがありません!
さぁー、トンネルに入っていった!さぁー、後ろについたマンセル! マンセル、後ろにつく。
今宮 純
これ、勝負でしょう。
さぁー、どうか。シケインが待っているが? どうか? セナが抑えた! セナがスライドしながら抑えていく。凄いレースです。凄いバトルです。凄いドッグファイトです!
今宮 純
抜けないですね。
抜かせない! レッド5が左に右に懸命にプレッシャーをかけますが、抜けない。抜けない。
セナが行く、セナが抑える。さぁー、さぁー、ファーステットで最後のファイナル・ラップが近づいてくる。最後のラップだ。ほとんど、もう、ホイールとホイール、ホイールとウィングがくっつかんばかりに、ナイジェル・マンセルがまた外から行く。ラスカス、ラスカスを抜けた。ラスカスを抜けた。
これから78周目、78周目。凄いレースになりました。凄いレースになりました。
さぁー、ファイナル・ラップ。泣いても笑ってもこれが最後のラップ。78周目に入ります。
78周目に入ります。さぁー、259.584km。この戦いの果てには一体、何が待っているでしょうか? アイルトン・セナとそしてナイジェル・マンセルの差はこれだけ。
信じられないような凄いレースになりました。
二人のマシンの差はほとんど無く、ミラボーを回って下り坂に入っていく。
さぁー、駆け下りていくアイルトン・セナ、アイルトン、セナ、念願の今シーズン初優勝か? ナイジェル・マンセルの開幕6連勝も、そしてルノー・エンジンの初勝利も、モナコでの悲願ののマンセルの初勝利もここで消えてしまうのでしょうか?
さぁー。
前述のようにミラボー~ロウズ・ヘアピン~ポルティエは低速コーナーであるため、両者の差が一気に縮まる。そしてエンジン勝負のトンネルへと入っていく。
今宮 純
これは接触しない限り、抜けないですね。
これは無理… 無理のような感じがしますが。さぁー、最後のチャンスだ、最後のチャンス、高速コーナー。どうか! 抜かせない、セナ!
津川哲夫
だめだ! だめだ!
今宮 純
抑えちゃいましたね。
トンネルを抜けてヌーベル・シケインへと向かうシーン。フジテレビが日本で放送しているが、もとはモナコ自動車クラブ(ACM)が運営して、ACMの委託を受けたモナコのテレビ局『TMC』が制作を担当している。特にここのシーンはコース左側が海になるため、空撮なのだろうか、しかしここは両者がトンネルを抜けてブレーキ勝負をかけているのが良く分かる。カメラはすぐに地上のものへと切り替わり、ヌーベル・シケインでは両者のバトルを映し出す。
ナイジェル・マンセル、勝利の、勝利の灯が向こうで微かに揺れて、今にも消えそうです。
さぁー、シケインを抜けていった。アイルトン・セナ、やはりモナコでは強いのか?
4連覇目前、アイルトン・セナ、4連覇目前。
あぁ~このモナコ4連勝というよりも、この勝利はマクラーレン・ホンダにとって大きな、大きな意味があります。
ここからの下りは三宅アナウンサーも自分で名実況と言っている。この時、三宅アナは29歳。このセリフは多くのF1ファンにとっても心に刻まれている実況だろう。
さぁー、ここからラスカスに入る。御覧の差だ。どんなにしても抜けない、
ここはモナコ、モンテカルロ。絶対に抜けない。
さぁー、ここを交わして最後の直線、最後の直線、さぁーしかしここからの立ち上がりはホンダは速いぞ。ここからの立ち上がりはホンダは速い。後ろからマンセル、マンセル、どうか?
届かないー!
アイルトン・セナ、逃げ切った! アイルトン・セナ、抑えきった!
今シーズン初勝利。
この後、エルミタージュに向かうセナのマクラーレン・ホンダMP4/7Bのマフラーから白煙が出る。これにはいろいろな説がある。トランスミッションのオイルが漏れた。水が回った。
セナはのちに「セミATが搭載されていなかったら勝てなかっただろう。」とも言っている。
さてアイルトン・セナの人気はそのまま日本のF1人気にも繋がった。1987年には鈴鹿で1977年の富士スピードウェイ以来の10年ぶりの日本グランプリが開催された。1988年には彼が日本グランプリの鈴鹿サーキットにて自身初のドライバーズ・チャンピオンを獲得したことも大きな要因だろう。だがこの年の第13戦ポルトガルグランプリにおいてアラン・プロストがセナをパスする際に、セナもマシンを右に寄せた。プロントが左に寄せると、今度もセナが左に寄せた。セナはオーバーステアの問題を抱えていたが、プロストはこれを「幅寄せ」と受け止めた。このポルトガルグランプリのプロストの優勝によってプロストは総合ポイントでセナを逆転した。そう、感動的な日本グランプリの前から二人の確執は始まっていたのだ。「そんなにしてまでタイトルが欲しいなら、くれてやる」プロストはそこまでセナを批判した。セナが謝罪をしたことをプロストは受け入れ、それ以上の舌禍は広がらなかった。
その後のF1世界選手権は以下の通りだ。
1989年:
第15戦日本グランプリのシケインにてインをついたセナに対してプロストは右に閉める。これにより両者のマシンは接触。プロストはマシンを降りるが、セナのマシンのエンジンに奇跡的に火が入り、セナはレースに復帰する。だがFIAはセナのレース再開時に「シケインの不通過」として失格にした。アラン・プロストは1989年にドライバーズ・チャンピオンに輝く。
1990年:
再び、日本グランプリにて第一コーナーに向かうセナに対してプロストがインを刺そうとするとセナは右に閉めて両者のマシンは接触、そのままエスケープ・ゾーンまでもつれ込み、両社はそこでリタイヤ。今度は両者のクラッシュでセナのドライバーズ・チャンピオンが確定する。
1991年
アラン・プロストはフェラーリに移籍するが、チャンピオンシップを戦えるマシンをフェラーリは製造できなかった。セナのライバルとなったのはウィリアムズのマンセル。そしてセナはまた日本ブランプリにてドライバーズ・チャンピオンを獲得する。
そして1992年だ。
アラン・プロストは一度、F1世界選手権の参加を見送った。そしてウィリアムズ・ルノーは前述のようにハイテク・マシンを投入した。セナはマシンの不調に苦しんでいたなかでモナコグランプリを迎えたのだった。こういった歴史もこの一戦に独特のスパイスを与えていたと言える。
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